nRay’s note

何か書く

映画『君の名は。』雑感(ネタバレ有)

公開初日夜に見てきたのと数日置いて落ち着いてきたので、アレコレ思った事を書き留めておこうかと思います。

まず、感想として『面白かった!』というのが第一でした。
新海誠の作品は"ほしのこえ"から追っかけて見ていますが、『面白かった』という感想を持ったのは多分初めてです。

背景・音楽・雰囲気が一体となったいい映像作品を作るのが新海誠の持ち味ではあるものの、話として『面白い』作品というのは今まで無かったんじゃないかなと思っています。
前々作である"星を追う子ども"は新海誠がエンターテイメント作品に挑戦した作品である、という認識ですが、残念ながら成功しているとは言えないですし・・・
だけど、今回"君の名は。"は見事にエンターテイメント作品として昇華され、『面白い作品』になっているんじゃないかなと思います。

 

以下ネタバレ含みます。

 

 

◆ストーリー

『あー、やられた!』ってなりました。
事前情報については殆ど仕入れてなく、電車内のデジタルサイネージに流れるCMをボンヤリ眺めていた程度で、実は公開されているPVとかも見てませんでした。
なので、入れ替わり要素があるボーイミーツガールでお互いを探す旅的な青春映画かな~程度に思って見に行ったんですが、裏切られましたね。
中盤、瀧が三葉に会いに飛騨まで行く事で二人の間には物理的距離以上に3年という時間の距離、それと彗星衝突による生死の距離がある事がババーンと判明する訳ですけど、映画館で「えっ、そういう話!?」って叫びそうになっちゃった。
この時点であぁこれは今までの映像作品的である新海誠の映画ではなくエンターテイメントとしての新海誠の映画なんだな、と思い直して見る事になったので、成功なんじゃないでしょうか。
その後はそれぞれのキーマンが奮闘し、歴史が改変され、彗星衝突の回避・・・は出来なかったけど町民は生き残り、やがてお互い大人になった瀧と三葉が邂逅する、というベタベタなストーリーで先は読めてしまったものの、それはそれとして良く出来ている話だなと思いました。

 

◆今までの新海誠作品と比較して

ラストシーン、ハッピーエンドじゃん!!
という事に尽きると思います。
今まで様々な要因による『距離』によって『結ばれない男女』を描いてきた新海誠だけに、最後の最後まで結局すれ違ったまま終わるのかな、という想いがあったんですが、良い意味で裏切られたなと思います。

演出面でいうと、新海誠作品の特徴であり苦手な人はここが一番苦手だろうな、と思われる『心中描写をキャラクターのモノローグで行なう演出』がかなり抑えられていたと感じました。
どういう意図かは分からないけど、詩的な作品というイメージはかなり薄くエンターテイメントである事に徹している気がします。

映像面では、今まで通り写実的(?)で美麗な背景映像はそのまま、宮水家の過去の描写の映像や、瀧が本宮で入れ替わりを試みる時の映像では今までの新海誠作品では見られなかった表現・技法が使われてて『おぉ!?』となりました。

キャラクターの作画・動きに関しては作品をおう毎に良くなっていくなぁ、と。君の名は。に関してはもう言う事ないです。良い。

その他でいうと、直接作品の評価とは関係ないものの、随所に過去作品のセルフパロと思われるようなネタが見受けられてずっと追っかけてきたファンとしては嬉しいところでした。
ユキちゃん先生こと"言の葉の庭"の雪野先生とか、"星を追う子ども"の死後の世界であるアガルタや巨大な穴であるフィニス・テラを髣髴とさせる宮水神社本宮等・・・

 

◆音楽

劇伴がRADWIMPSという事だけど、心配されていた程合ってなくは無い、というかほぼ気にならないレベルだったと感じましたけど、バッチリ音楽と映像が噛み合って最高の演出をしていたか、と言われると微妙な感じ。
この辺は以前からの新海誠+天門のタッグや前回言の葉の庭のKASHIWA Daisukeの方が上かなと思います。

 

◆気になったところ

という訳で散々上で好評な部分を書きまくってきたんですが、悪いところが全く無かった訳ではありません。
映画を見ながらどーーーーーーーーしても気になってモヤモヤしたところが幾つか。それも結構致命的(?)な。

その一つが、『お互い入れ替わって生活する中で3年という時間軸の差に気付かなかったのか?』という事です。

日々過ごす中でカレンダーを少しでも見れば違和感があるのではないかと思うし、お互い携帯に日記も残している。
三葉は瀧のバイトを経験している訳で、日付の確認をしていない筈が無いと思う。
更に三葉は実際に東京の瀧に会いに行き、そして3年前の瀧に会っている。にも関わらず、状況の違いに気付く事無く帰って来てしまっている。
そして瀧の時間軸では既に彗星の衝突で糸守の町が無くなってしまっている中で、入れ替わった三葉が故郷の事について何も調べてみたり話題に出したりしなかったのか?
入れ替わった瀧は三葉の地元の地名を確認しなかったのか?
もし瀧が三葉の住んでいる場所を認識して、現実に戻った時に少しでも調べていたら、すぐにでも過去にあった災害が判明していたと思う。

これが作品内では、瀧が写真展の中で見た糸守町の写真でそこが飛騨である事を認識し、それと入れ替わった時の記憶を頼りに描いたスケッチを元に三葉の地元を訪ねる旅に出る、という描かれ方をしている。

いわば、何もかも都合よく情報が欠落している、という描かれ方をされていて、かつ作品内で特に説明も無く、単に『ご都合主義』で片付けるには余りにも自分の中に違和感を残し続けてしまった。
この問題は話全体の構成に大きく関わってきてしまう事実であるだけに。こじつけでも構わないから『何故3年間の時間の差異に気付けなかったのか』、『何故話が動く前に糸守という町を調べる事が無かったのか』という点に設定を付けて欲しかった。
事実、この問題に対する納得のいく解答が得られてない現時点において、自分はこの作品を名作だと断言する事が出来ません。

あくまでも入れ替わりの時の内容は夢であり、その時の情報は現実世界に持ち帰れないし、携帯に残したメモについても時間に関する内容は保存されない、というのはあり得る可能性ではあるけれども、それにしては他の描写で明確にお互いを認識・記憶しているだけにこれも弱い。
起きた時に泣いている、という描写は、入れ替わりの最後で真実を知ってしまった悲嘆が、記憶と記録だけ泣くなり感情だけが残った表現、と考える事は出来るけど・・・・ちょっと無理があるかなぁ。

もう一つ、個人的にどうしても気になったのが、作中で何度も瀧と三葉が口にする「君の名は」という台詞。
映画タイトルと合わせた演出である事は重々承知なんだけども、それにしても普通高校生は言わないでしょ、君の名はって言葉。
この言葉だけ余りにもキャラクター性から浮いていて、『キャラクターが話す言葉』ではなく『キャラクターに言わせている言葉』に聞こえてしまい、スッと醒めてしまうシーンが何度か。
ここはキャラクターをもっと大事に台詞を作って欲しかったなぁ・・・

後半若干ダレるとか、親父説得シーン飛ばすんかい!とか、ラストシーン引き伸ばしすぎじゃね?とか、些細な気になった事は他にもちょいちょいあるけど、この辺は個人の感じ方次第かな?と。
良しとしている人も居るみたいだし。

あーあと親父説得シーンは描いて欲しかったな。
映画を見ている人は後日のニュースという形で避難が行なわれ町民が助かった事を知る訳で、それは演出の仕方の違いというのは分かるんだけれども。
熱い説得によって親父が心を開いて、町が一体となって危機を回避するという描写を熱く描いて欲しかったなーというのが個人的な趣味。それをやると新海誠っぽく無くなり過ぎるかな?

 

◆総じて

まぁ、めちゃくちゃ面白かったです。
大きな欠点を抱えてるけども、という前提付きで。
気になる所はいっぱいあるし100点あげられる作品では無いけど、それでも面白かったし是非見て欲しい、という作品。

エンターテイメント作品として良く出来て面白い作品だと思うし、個人的には新海誠の作品の中では間違いなく一番万人にオススメ出来ます。
個人的な好みだけだと、うーん、秒速とどっちかなぁ・・・方向性が全然違うから難しい。

東宝が付いて「製作委員会」という形になったからこそ、こういう作品が出来上がったんだろうなぁ、と感じられるのでこれからに一層期待したいところです。

あー次いつ見に行こうかなー。